こんにちは^^

12月に入りテンションの高い神田裕子です。ラストスパートに昔から強いのです♪

メルマガ発行、本の執筆、カウンセラー関連養成講座とイベントも目白押し。来年度の計画を立てることにわくわくしています♪

メガネとコーヒー

さて、今日のは・・恐ろしいタイトルですね。

私は42歳で出産するまで子どもに恵まれなかったのですが、その間にカウンセラーをしていて嫌味を言われたことがありました。

「神田先生、お子さんがいらっしゃらないのによく母親の気持ちがわかりますね~」

この論理でいくと、私がもしも犯罪を犯した人のカウンセリングをするときには、同じ行為をしていないと”わからない”ということになります。

これと似たようなことで言えば、保育士や幼稚園教諭の中に自信のない職員がいて、話を聴くと・・・

「子どもを産んでいないから親を受けとめることが難しい、子育て経験のない私の言うことを年上の保護者は信頼してくれない。」

とおっしゃいます。

そうではないのです。

まったく同じ経験をしていなくても、相手の体験や立場を考えて気持ちを想像してみることができれば・・・そして自分の気持ちを言葉にできれば(沈黙という表現もあります)それでいい。

それを「共感的理解」と言います。

私は「共感」なんてできっこないと思っています。

その人の体験はその人自身のものです。他の誰かがわかろうとしてもわかるわけなどありません。だからこそ「わかる」という相づちを使わずにカウンセラーは聴いていきます。

「的理解」がついているのはそのためであり、要は感受性と想像力なのです。

それからもうひとつ。

若いカウンセラーや保育士・幼稚園教諭の中で子どもを産んでいない、これは事実です。

でも経験で仕事をするのがプロではないはず。

プロフェッショナルならその道の専門的知識と技能を持っているのです。

そちらを切磋琢磨し活用することで仕事はできるはずですね?

さて、読んでくださったあなたが自信のない時には、何が足りなくてそう思うのでしょう?